今年2025年11月は高市政権の誕生後、直ぐにエアフォース-1でトランプ大統領が来日、それに伴い嘉手納基地と横田基地にE-4も飛来した。私はエアフォース-1にはあまり惹かれないが、E-4は外形も軍用機らしく魅力を感じる。しかし、今回も所用で横田基地展開をスルーしてしまった。毎回こんな調子なのであまり撮影した記憶もないが、White Bearさんや松野氏から提供頂いた写真も有るので、ページを展開することとした。機体の説明などはページ中央に、松野氏が書かれた見事な文書をそのまま引用させて頂く。(2025年11月 記)
↑ 確か1979年に横田基地で撮影したE-4A/73-1676。未だ改装前で背中のコブは無い。彼らはメリーランド州のアンドリュース空軍基地を経由して要人を乗せ飛来することが専らである。E-4A/73-1676は初号機で、続いてE-4A/73-1677 73-0787と続く計3機が当初製造された。1979年6月に当時のジミー・カーター大統領が東京サミットで来日していたので、その関係かもしれない。
↑ 同じく1980年10月に横田基地で撮影されたE-4Bのスライドカラーフィルム版。ここで当時の様子を松野氏は以下のように語っておられる。
この前日 厚木基地で撮影をしていると、東の空に北へ向かうB-747の機影が見えた。それは背中のコブも確認できる。厚木のマニア達がE-4・・しかもB型だとざわめきが起こった。E-4Aの日本への飛来実績はあったがB型は初飛来だ。
 私は大学4年生で就活を名目に初の関東撮影旅行中で貧乏学生だった為、宿泊は友人の森政義氏の荻窪官舎にお世話になっていた。早速翌日は横田基地へ出撃、駐機中の姿しか撮れなかったが、大収穫だった。今では入れない国有地から撮影した。(松野氏 記)
E-4  (松野 主税氏解説)

私が撮影した1980年前後のE-4は、全面核戦争の指揮を目的としていた機体であった為「世界最後の日」(Doomsday Planes)と呼ばれていた。核戦争勃発時は空中給油を伴いながら3日間飛行が続けられる能力を持っていたのだ。E-4は、B-747-200Bを基に改造された国家空中作戦センターを担う航空機である。核戦争.大規模災害などで、地上での指揮が執れない場合に備えてアメリカ大統領・国防長官など国家指揮権限(NCA)保持者及び指揮幕僚等が搭乗、アメリカ軍を空中から指揮する。

E-4の機体には、核戦争を前提として搭載する電子機器に核爆発で発生する電磁パルスに対するシールドが施されている。搭載する通信機器を介したアメリカ軍のICBM部隊・SLBM部隊・戦略爆撃機部隊への指揮能力を持つ。。ネブラスカ州オファット空軍基地第55航空団に所属し、4機が就役中。国内国外を問わず、アメリカ大統領の近くには必ず1機以上のE-4Bが待機し、大統領がエアフォースワンで外遊する際も必ず随行する。

1973年12月に改良型のE-4Bが発注され、1979年12月納入された。E-4Bは空中給油装置を付加され、胴体前部上方に衛星通信用SHFアンテナファリングが設けられた。1985年までに発注されたE-4A 3機も、後にE-4B仕様に改造された。

当初は発展型空中国家指揮所(AANCP・AABNCP Advanced Airborne National Command Post)、その後、国家空中緊急指揮所(NEACP National Emagency Airborne Command Post)と呼称が変更された。

Wings
↑ 神戸在住のWhite Bearさんも、E-4の来日に合わせ沖縄遠征をされ、2009年11月E-4B初号機75-0125を嘉手納基地で捉えておられる。恐らくバラク・オバマ大統領が当時の首相鳩山との会談で来日した際の随伴であろう。
HOME
↑ 同じくWhite Bearさんが沖縄嘉手納基地で、2010年11月に撮影されたE-4B/73-1676。ページ冒頭のE-4Aと同じ機体であるが、B型への改造が行われた後の姿で、この時の飛来はバラク・オバマ大統領が横浜APECの国際会議に出席する為に来日した際の随伴であろう。
↑ 松野主税氏が1980年10月に横田基地で撮影されたE-4B/75-0125。B型の特徴である衛星通信用アンテナフェアリングが、大きく盛り上がっている。因みにB型初飛来の時だそうである。1980年の米大統領の来日は1980年7月の大平首相の葬儀参列でジミー・カーターが7月9日に来日しているが、それとは関係ないようである。